有吉の好きなタイプの女優、仁支川峰子は何回も死にかけていた!?

2020年12月18日(金)  18時45分に
放送される
マツコ&有吉 かりそめ天国
の番組予告にて
有吉さんが、好きなタイプを尋ねられ
ゲスト出演されている
仁支川峰子さんに対して、


参照元:tv.yahoo.co.jp

「峰子さんみたいな人がいいですね」

と言い、
スタジオが爆笑で
揺らいでるシーンが
流れていて笑

そもそも、
歌手であることは知っていますが、
仁支川峰子さんが
どんな方なのかなと思い
調べてみることにしました!

すると、
何回も命を失いかけた
とてつもない
波乱万丈な人生を
送っていることがわかりましたので
ぜひ共有させていただきたいと思います!

仁支川峰子さん プロフィール


参照元:taishu.jp

仁支川峰子(にしかわふじこ)

1958年5月23日生まれ
福岡県田川郡赤村出身

1974年7月25日、
『あなたにあげる』で歌手デビュー。
デビュー曲はチャート1位いきなり大ヒットに。

彼女独特の柔らかく心地よい発声。素晴らしい!
引用元:www.youtube.com
私も思いました!
演歌は低いビブラートの声を
きかせるのが一般的だと思いますが、
わりかし高めでポップスにも
通じるキャッチーさが
ある意味で、
ウケたのではないのでしょうか?時代を知らない、
個人的な私の見解ですが。

その後も
コンスタントにヒット作をリリース。
様々な賞を受賞したりして
一躍人気歌手となります!

その後声が思うように
出なくなったこともあり、
演歌歌手から
一時女優のみに転向。

特に映画『吉原炎上』での
最後の場面では
視聴者に強いインパクトを与え、
話題になります。

数秒に込められた、
言葉では表現しがたい
あらゆる感情が込められた
迫真の演技です。

これは後ほどじっくり観させていただきます♪

1993年には、
ヘアヌード写真集
「PRIVATE」
を発表。


引用元:aucview.aucfan.com


引用元:aucview.aucfan.com

1997年に発売した写真集
「PrivateII」
5万部を超える売り上げを
あげたそうです!

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「1年間かけて、ハワイや
バリ島、佐渡、山梨などで撮影しました。
ネガフィルムも全部自分で見て、
気に入った写真しか載せていません。
自分の作品を撮るという意識だったので、
ヘアが写るかどうかなんて気にしていませんでした。
建築したばかりの那須高原の別荘が
台風で流された時、自分の衣装も
写真集もすべて失いました。

それ以来一度も見ていませんが、
だからといってもう一度撮ろうとは
思いませんでした。
何十回とヌードのオファーが来ましたけど、
脱ぐのは35歳までと決めていたので、
すべてお断わりさせていただきました」

引用元:www.news-postseven.com

これは、ヌード写真集を出せば
ただ売れるから作ったわけではなく、
作品として、いいものを作りたいという
意思がこのコメントからは読み解けますね。

2009年12月24日放送の
フジテレビ『くちこみっ!大捜索2!!
本当に凄い(秘)占い師テ
レビ解禁スペシャル!!』
番組内において、
「西川」峰子から「仁支川」峰子に改名したそうです。

ん?占いによって改名した方が
良いと言われ改名したのでしょうか?
情報が見つけきれなかったので、
真偽はわかりません。

何回も死にかけた波乱万丈の人生

仁支川さんは、小さい頃から
かなり苦労をされていたようですね。

人生の中で、
病気、交通事故、豪雨災害などを
経験されているようです。

<病気>

貧しい家庭で育ったようで、
ご両親を幸せにしたいと
小さい時から思われていたようで、
必死に働きなんと、
19歳でご両親のために家を建てたそうです!

その目的を果たし
気が緩んだのか、喉の酷使で
声が一時的でなくなり
21歳では卵巣のう腫を患い、
続けて水ぼうそう
発症してしまうという過酷な状況に。。

発症後もステージで
歌い続けていたら、医者に
“あと2時間遅れていたら
死んでいたかもしれない”
と激怒されました

引用元:/www.jprime.jp/

相当危なかったようですね。
がむしゃらに走り続けた分
自分の体の異変に
気づいていたとしても
どこで、足を止めれば良いか
わからなくなるものですよね。

<交通事故>

参照元:/www.jprime.jp/

そして32歳のときには
マネージャーが運転する車で
3回転半もする大事故に遭って
しまったようです。


「車内で仮眠をしていたら、
交通事故に遭って。
医者には数か月入院しなきゃ
ダメだと言われたけど、
出演する舞台があったので、
4~5日で退院。
コルセットを首に巻きながら
舞台に立ちました。
今でも寒くなったりすると、
首のあたりに痛みが出ますが、
大きな後遺症がなかっただけ、
ラッキーだなと

引用元:/www.jprime.jp/

どれだけタフなんですか!?笑
わたしだったら、
どれだけ大事な仕事が控えていても
多分休みますね笑
そこの気持ちの持ち方も
一般人の人とはかけ離れた
使命感をお持ちで
活動されていたんだな〜と
思えますね!

<豪雨災害>

参照元:/www.jprime.jp/

そして、、次はしばらくして
40歳のときに栃木県・那須塩原の
ご自宅が、豪雨で流されてしまったのだそう。。

しかも建てたばかりのですよ!

「前日の夜7時まで自宅にいたんです。
でも次の日が朝から
生放送の仕事があったので、
遅刻してはいけないと
東京に前泊することに。
それで当日、生放送中に
那須塩原の豪雨の話題を
取り上げたニュースを見ながら、
“うちも流れていたりして……”
と、のんきに答えていたら、
放送後に本当に
流されていたことを知って……。
でもショックよりも助かったことの
安堵(あんど)感のほうが
強かったですね。
もしも生放送の仕事が
入っていなければ
自宅と一緒に流されていたかも」

引用元:/www.jprime.jp/

いや〜こんなにも人生の中で
ネガティブなことが起きていたら
普通はショックから
立ち直れないと思おうのですが、、

やはりこれだけの経験をされているので
物や、何かに執着するのではなく、
自分の体が健康であることや
生きていることに
感謝できるんだと思うのですよね。

やはり、計り知れない懐をお持ちなんだと思います!

まとめ

いかがでしたでしょうか!?

私はこのように、あるきっかけで
仁支川さんのようなすごい方を知れる
機会がブログを始めて増えたので
非常に毎日が楽しいです♪

仁支川の経緯を知れば、
このような人がタイプになってしまうのも
わかりますね!笑

番組の放送も楽しみです!

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